夜道
■ 夜道
夜道
整然と立ち並ぶ木々のすき間からは大きな三日月が顔をのぞかせていた。
会社から帰る途中、商店街から住宅街へ抜ける、ほんの数十メートル。
大きな木がひっそりと立ち並ぶこの道は、確かな静けさが流れていて、
仕事の疲れも、嫌な思いも、ほんの一瞬だけど忘れられた。
無心になれる。
そんな言葉が似合うかもしれない。ちょっと大げさかもしれないけれど。
一人暮らしにもやっと慣れてきた感じ。
私は緑が濃くなった木々の青臭さを静かに吸いんだ。
その青臭さは子供のころに歩いた田舎道と同じにおいがした。
はじめてお母さんに連絡もしないで真っ暗になるまで遊んだ帰り道。
はしゃいでいたときはまったく気がつかなかったのに、
お友達と別れていざひとりになったとたん、
まわりはすっかり闇の中。
ひんやりと風は冷たいはずなのに、手はうっすらと汗ばんで。
人っ子ひとりいない。
風に揺れる木々のざわめきがうめき声に聞こえて、
その声をかき消そうと私は必死に歌を口ずさむ。
わたしは平気。へっちゃらなんだから。
けれど、すぐに声は震えて小声になって、
歌い終わればよけい静けさとうめき声が大きくなって押し寄せる。
歌う勇気さえもあっという間に呑みこんでゆく。
お母さんに怒られることがこわいのか、真っ暗なことがこわいのか、
私はもうなにがなんだかわからなくなる。
ふと気づけば、後ろからは大きな月。
私が歩いたり走ったりすると
大きな月も歩いたり走ったり。
どうにも月から逃げられない。
そのうち足がもつれてころんで
家の灯りが見えたとたん
大粒の涙がぽろぽろぽろぽろ。
一生懸命がまんしてたのに。
「こんな時間まで何してたの!心配したのよ!」
お母さんが帰ってきた私の顔を見るなり叫んで、ぎゅっと抱きしめた。
その腕の力は強くてあったかくて、
私はますます涙があふれて、ごめんなさいもなんにも言えなかった。
ただいま
鍵を開ければ真っ暗で、
そして少し、泣きたくなる。
あのときほどじゃないけれど。
私は靴を脱いだ開放感でふうっと大きく息を吐く。
電気をつければ一瞬にして今の私。
あのときがどのときなのか忘れてしまうくらいに。