草に埋もれた道
■ 草に埋もれた道
草に埋もれた道
その日、三人は久しぶりに「関東ふれあいの道」を歩いていた。
浦上さん、なつみさん、広谷さん。歳は五十代から六十。長年の勤めや暮らしに一区切りがつき、ようやく自分の時間を持てるようになった、そんな世代である。
かつて遠足や散歩でにぎわった山あいの散策路は、いまではすっかり草に埋もれていた。ススキとセイタカアワダチソウが背丈ほどに伸び、足元の小道はかろうじて獣道のように残っているだけだ。せせらぎの音だけが、昔と変わらず聞こえてくる。
「このあたりね」と、なつみさんがふと足を止めた。
「昔は、ここに蛍がたくさんいたのよ。それはもう、川の上を、星をばらまいたみたいに」
浦上さんも広谷さんも、小さい頃に見たその光景を、いまも覚えていた。子どもだったあの夏の夜、ここに来れば、声を失うほどの光があった。手のひらにそっとのせると、青白い火が脈打つように明滅した。あれは、夢だったのだろうか。
「なんで、いなくなっちゃったんだろうな」
広谷さんが、誰にともなくつぶやいた。答えを期待した問いではなかった。けれど、その問いは、三人の胸の奥に小さく引っかかったまま、家路についた後も消えなかった。
後日、地元の人に尋ねてみると、返ってきた答えは、思いがけず素っ気ないものだった。
「ああ、蛍ね。いまは道の整備で除草剤を撒くようになってね。それからだんだん、見られなくなったって聞くよ」
除草剤。
たったそれだけの言葉が、長いあいだ続いた夏の沈黙の理由だったのか。
半信半疑の夜
■ 半信半疑の夜
半信半疑の夜
「本当に、いなくなっちゃったのかな」
数日して、三人はまた集まった。きっかけは些細なことだった。誰かが言ったのだ。「今度、夜に見に行ってみようよ」と。
蛍が飛ぶのは、六月の終わりから七月の終わり。蒸し暑く、風のない、雨上がりの晩がいい。月明かりさえ邪魔になるほど、彼らの光は淡い。
その夜は、ちょうど条件がそろっていた。懐中電灯を消し、闇に目が慣れるのを待つ。草いきれと、湿った土のにおい。川のせせらぎ。期待などしていなかった。たぶん、もう何もいない。確かめに来ただけだ。そう自分に言い聞かせていた。
——ふっ。
水辺の暗がりに、ひとつ、光が灯った。
消えて、また灯る。たった一匹。けれど、まぎれもなく蛍だった。
誰も声を出さなかった。出せなかった。三人はただ、その小さな光が川面の上をゆっくりと漂っていくのを見つめていた。なつみさんの頬を、いつのまにか涙が伝っていた。
わずか一匹。それでも、生き残っていた。
ということは——まだ、間に合うのかもしれない。
帰り道、誰からともなく口に出していた。「あの子たちを、もう一度ここに呼び戻せないだろうか」と。
まだ、灯し続ける人
■ まだ、灯し続ける人
まだ、灯し続ける人
その想いを胸に、三人は手がかりを探しはじめた。すると、思いがけず近くで「まだ蛍を見せている人がいる」という話を聞きつけた。歩いて行けるほどの距離にある、小さなキャンプ場。そこで、いまも蛍鑑賞ツアーを続けている人がいるという。
木川さん、七十歳。
長年、たった一人で水辺の手入れを続け、訪れる人に蛍の光を見せてきた、土地の生き字引のような人だった。三人がこれまでの話をすると、木川さんは深くうなずいた。
「この一帯はね、昔、水道工事で水の流れが変わってしまったんだ。それまで湿っていた場所が乾いて、蛍の赤ちゃんが育つ環境が、根こそぎ変わった」
そして、と木川さんは続けた。
「それに、道や土手をきれいに保つために、除草剤を撒く。あれが、いちばんいけない。蛍は、卵から幼虫、さなぎ、成虫になるまで、そのほとんどを水と土のなかで過ごす。除草剤は草を枯らすだけじゃない。水に流れ込んで、幼虫も、幼虫の餌になる小さな巻貝も、みんな死なせてしまうんだ」
蛍は、光るあの数日のためだけに生きているのではない。一年のほとんどを、目に見えない水の底で、泥にまみれて生き延びている。その見えない時間を奪われていたのだ。
「やってみるかい」と木川さんは静かに笑った。「簡単じゃないよ。でも、間に合わないわけじゃない」
「どうして、たったお一人で、こんなに長く続けてこられたんですか」
なつみさんが、そっと尋ねた。木川さんは、しばらく川の方を見ていた。
「亡くなった女房が、蛍が好きでね。毎年この川で、二人で見たんだ。……あいつがいなくなっても、この光だけは、消したくなくてさ」
それ以上、誰も言葉を継げなかった。せせらぎの音だけが、静かに流れていた。
草を刈ってみよう
■ 草を刈ってみよう
草を刈ってみよう
「まずは、草を刈ってみよう」
その一言から、すべてが動きはじめた。
最初は、三人と木川さんだけだった。
その四人が、いつものように夕飯に立ち寄ったのが、町の食堂である。店主のかなめちゃんは、店じまいのあと、決まって「この町を、もっと元気にしたいんだよなあ」と語る、根っからの世話好きだった。三人と木川さんが蛍の話を始めると、かなめちゃんの目がぱっと輝いた。
「えっ、ホタル? それ、最高じゃないか。俺も仲間に入れてよ」
その晩、店に居合わせた常連たちにも、話はあっという間に広まった。なかでも頼もしかったのが、五十がらみの陽気な親父、かおちゃんである。
「草刈りなら任せとけ。うちの草刈機を出すからよ」
かおちゃんの草刈機は、押して歩けば草をなぎ倒していく自走式だ。みんなが刈り払い機を肩から提げ、左右に振りながら刈り進む傍らで、その一台が加わると、作業の進み方がまるで違った。半日がかりだった土手の一帯が、見る間に刈り拓かれていく。額に汗を光らせて「どんなもんだい」と笑うその背中は、頼れる兄貴そのものだった。
いつしか、その食堂は「さんむほたる」の作戦本部のようになっていた。事情を聞いた人が「それなら手伝うよ」と袖をまくり、仲間は一人、また一人と増えていく。週末ごとに、刈り払い機のエンジン音と、かおちゃんの草刈機のうなりが、河原に響くようになった。
ところが——意気込みだけでは、うまくいかなかった。
刈れば刈るほどいい、というものではなかったのだ。土手の草をすっかり刈り払ってしまった後、木川さんが困った顔をした。
「あんまり丸坊主にしちゃうと、かえってよくないんだよ。さなぎになる蛍は、土手の湿った草の根元にもぐって、羽化のときを待つ。刈る時期を間違えると、その子たちごと刈ってしまうことになる」
蛍が飛ぶ初夏に土手を刈れば、これから羽化する命を断ってしまう。乾いた真夏に刈りすぎれば、幼虫の隠れ家がなくなる。草は、敵でも味方でもなく、蛍の暮らしの一部だった。
「俺たちは……蛍のことを、何も分かっちゃいなかったな」
広谷さんが、刈り取った草の山を前にしてつぶやいた。善意だけでは、命は戻せない。汗の量と、結果は比例しない。その当たり前の事実を、三人は土の上で思い知った。
教わるということ
■ 教わるということ
教わるということ
そこで、木川さんに加えて、もう一人の力を借りることにした。以前からこの土地に関わってくれていた、生態系にくわしい山武先生である。
山武先生は、現地をひと回りすると、いくつものことを教えてくれた。
蛍の幼虫が育つには、きれいで、ゆるやかに流れる水がいること。その水の底に、餌となるカワニナという巻貝が暮らせること。コンクリートで固めた水路ではなく、土と石と草のある自然な岸が必要なこと。そして何より、農薬や除草剤を、水辺に近づけないこと。
草刈りにも、ちゃんと「こよみ」があった。羽化を控えた初夏は、そっとしておく。手を入れるのは、蛍が一生を終えた後の、夏の終わりから秋。場所も、全部ではなく、湿り気の残る一角を必ず残しておく。
「自然を“きれいにする”んじゃない。蛍が暮らせるように“整える”んだ」という山武先生の言葉を、みんなは何度も心のなかで繰り返した。
そして、忘れてはならない一歩があった。土地の持ち主への、お願いである。
ところが——その地主さんと、なかなか連絡がつかなかった。すでにこの土地を離れて暮らしているらしく、訪ねても留守、手紙を出しても返事はない。近所に聞いても、いまどこにいるのか、誰も知らなかった。
気を揉む日が続いた。せっかく草を刈り、水を見守っても、許しを得ないままでは、いつまた除草剤が撒かれてしまうか分からない。
「俺たちのやってることは、砂の上に城を建ててるようなもんかもしれないな」
広谷さんが、そう弱音をこぼした夜もあった。それでも、誰も「やめよう」とは言わなかった。
足を運び続けて、何度目かのこと。ようやく、地主さんと顔を合わせることができた。三人は、深く頭を下げた。
「この一帯の草は、私たちが責任を持って手で刈ります。ですから、どうか、除草剤を撒くのだけは、やめてもらえないでしょうか」
最初は怪訝な顔をしていた地主さんだったが、三人の本気と、木川さんの長年の実績を知ると、ふっと表情をゆるめた。
「……正直、もう誰も見向きもしない土地だと思ってたよ。あんたたちみたいな物好きが、まだいたんだなあ」
そう言って、「分かった。任せてみよう」と、深くうなずいてくれた。
除草剤の散布が、止まった。それは、目には見えないけれど、確かな勝利だった。
まだ見ぬ光を、みんなが見た
■ まだ見ぬ光を、みんなが見た
まだ見ぬ光を、みんなが見た
不思議なことが、起きていた。
その頃には、最初の三人が、十人になり、二十人になっていた。さらに、噂を聞きつけた地元の学生たちも、いつしか二十人を数えるほど加わっていた。まだ、辺り一面に蛍が舞う光景を見た者は、誰もいない。たった一匹の光を頼りに、ここまで来たのだ。
それなのに、草を刈り、水を見守り、カワニナを気づかうみんなの目には、いつしか同じ景色が映っていた。
——この川の上を、再び、無数の蛍が舞う夜。
まだ見ぬその光を、全員が、もう確かに見ていた。心のなかで、それははっきりと灯っていた。
その光に、名前がついた。
「さんむほたる」。
この山武の地に、もう一度ひかりを取り戻すための、合言葉になった。
一年越しの、はじまり
■ 一年越しの、はじまり
一年越しの、はじまり
蛍の時間は、人の都合では進まない。
水がきれいになっても、カワニナが増えても、幼虫が育ち、さなぎになり、土手から飛び立つまでには、まるまる一年の歳月が必要だった。焦らず、見守り、また草を刈る。冬を越え、春を待つ。
そうして一年越しで、「さんむほたる」プロジェクトは、本当の意味で歩きはじめた。
迎えた初夏。あの、たった一匹だった水辺に、ふたつ、みっつ、と光が増えた。やがて、数えるのをやめたくなるほどの蛍が、闇のなかをゆっくりと昇っていった。
声を失ったのは、なつみさんだけではなかった。集まった全員が、子どもも、お年寄りも、ただ口をつぐんで、命の光を見上げていた。あの夜、心のなかに灯した景色が、いま、目の前にあった。
ふと、すぐそばで、参加していた一人のお爺さんが、幼い孫に語りかける声が聞こえた。
「いいかい。ホタルの光はね、亡くなった人の魂なんだよ。帰る場所を探して、ふわふわ飛んでいるんだ。……ほら、ここにも、こんなにたくさん、帰って来たねえ」
孫は、小さな手で口を押さえたまま、こくりとうなずいた。
その言葉に、誰かがそっと両手を合わせた。それを見た隣の人も、また合わせる。光の波の下で、人々は声もなく、ただ祈るように夜を見上げていた。子どもたちは、声を上げる代わりに、無言で空のあちこちを指さしている。
なつみさんは、込み上げるものを抑えきれず、隣に立つ木川さんの腕に、そっと手を添えた。木川さんは、ずっと光の一点を見つめたまま、何も言わなかった。——きっと、遠い夏に愛した人と見た景色を、いま、この光に重ねていたのだろう。
そして、二年目の夏へ
■ そして、二年目の夏へ
そして、二年目の夏へ
蛍鑑賞ツアーは、二年目を迎えた。二〇二六年の夏である。
荒れ果てて草に埋もれていたあの散策路を、いまは、案内の灯りを手にした人たちが歩いていく。かつて「なんでいなくなったんだろうな」とつぶやいた広谷さんは、訪れた子どもたちに、そっと声をかける。
「ライトは消してね。静かに。手では触らないで。——ほら、あそこ」
闇のなかに、ひとつ、ふたつ。淡い光が灯り、消え、また灯る。
その人垣のなかに、なつみさんは、見覚えのある小さな顔を見つけた。去年の夏、お爺さんに手を引かれ、目を真ん丸にして光を見上げていた、あの男の子だ。
けれど今年は、隣にお爺さんの姿がなかった。
——あのおじいさんは、この冬、静かに息を引き取ったのだという。
男の子は、お母さんの手をぎゅっと握りしめ、じっと暗がりを見つめていた。やがて、一匹の蛍が、ふわり、ふわりと、その子の目の前まで漂ってくる。そうして、頬のすぐそばで、ひときわ大きく、ぽうっと光った。
「……おじいちゃん?」
消え入りそうな、それでも確かな声だった。
「おじいちゃん、ほんとうに……帰ってきたの?」
そばで聞いていたなつみさんは、思わず口元を手で覆った。広谷さんも、浦上さんも、もう何も言えなかった。
男の子は、去年おじいさんが教えてくれたとおりに、小さな両手を、そっと合わせた。
その手のひらの先で、光は、こたえるように、もう一度、ゆっくりと明滅した。
それは、一匹の蛍を見つけた三人の感動から始まった光だ。たった一人、灯し続けてきた木川さんが守ってきた光だ。地主さんがうなずき、山武先生が知恵を授け、名も知らぬ誰かが刈り払い機をふるい、草刈機を押して、つないできた光だ。
木川さんが、亡き妻ともう一度見たくて、消さずにいた光。
あの夜、お爺さんが孫に「魂の帰る場所だ」と教えた光。
——それは、誰かの胸から、また別の誰かの胸へと、世代を超えて手渡されていく光だった。
「この光を、わしらの代で、終わらせるわけにはいかんのだ」
いつか木川さんがぽつりとこぼしたその言葉を、いまでは、なつみさんも、浦上さんも、広谷さんも、自分の言葉として口にする。刈り払い機を握る学生たちの手へ。闇に目を輝かせる子どもたちのまなざしへ。光は、静かに、けれど確かに、受け継がれていく。
そして、ふしぎなものである。この光を一度でも見た人は、次の年、きっと誰かの手を引いて、またここへ戻ってくる。「どうしても、見せたい人がいてね」——そう言って。
こうして、光を語り継ぐ者が、毎年、一人、また一人と増えていく。たった三人と、一軒の食堂から始まった小さな輪は、いまや町を越えて、静かに広がりはじめている。
蛍が、たった数日の夜のために、一年をかけて生き抜くように。
人もまた、自分はもう見られないかもしれない遠い夏のひかりのために、草を刈り、水を守り、想いをつないでいく。
亡くなった誰かの魂が、帰る場所を見失わないように。
そして、まだ生まれてもいない誰かが、いつかこの光に出会えるように。
山武の夏の夜に、ひかりが還ってきた。
そしてその光は、これからも、世代から世代へと、灯し継がれていく。
——これは、その小さな、けれど確かな奇跡の、まだ終わらない物語である。
※この物語は、山武で実際に行われている蛍の里の再生活動をもとにしています。前半のいきさつはおおむね事実に基づきますが、登場人物はすべて仮名とし、後半の一部の出来事や会話は、テーマを伝えるために脚色・創作したものです。実在の人物・団体を特定・断定するものではありません。
奥千葉 山武市を中心に 自然栽培を中心に、ネイチャーポジティブと無農薬栽培での地域活性化を目出しています。