畑とカフェと、ふたりの暮らしが少しずつ「うつろひ」場所
■ 畑とカフェと、ふたりの暮らしが少しずつ「うつろひ」場所
畑とカフェと、ふたりの暮らしが少しずつ「うつろひ」場所
最初に畑に降り立ったとき、いちばん最初に目に飛び込んできたのは、畝でも野菜でもなく、ナンバーまで「野菜」にしてしまった小さな軽トラでした。
「相棒なんです」と笑う、ご主人のたくさん(たくみさん)。
その横で、「ほんとによく働いてくれてます」と、ふんわり笑う奥さまのひかるさん。
この小さな軽トラは、きっとこのお二人の「生き方そのもの」を乗せて走っているのだろうな!?
そんな予感を抱きながら、私はおふたりの話を聞き始めました。
「うつろひファーム」という名前にこめた祈り
■ 「うつろひファーム」という名前にこめた祈り
「うつろひファーム」という名前にこめた祈り
最初に気になったのは、「うつろひファーム」その不思議な名前の由来でした。
ひかるさんは、少し照れながら、でも言葉を選ぶようにゆっくりと教えてくれました。
「季節って、ある日突然ガラッと変わるんじゃなくて、
少しずつ少しずつ、にじむように移り変わっていくじゃないですか。
その“うつりゆく時間”そのものが、とても美しいなと思っていて…。」
夏から秋へ、秋から冬へ。畑に立っていると、朝晩の気温、風の匂い、土の手触り。
その一つひとつが、ゆるやかなグラデーションとして体に入ってきます。
「自分たちも、暮らしも、1年ごとに少しずつ移り変わっていっていい。
形を決めすぎず、今できることを楽しんでいきたい。」
そんな思いから、「うつろひ」という名前をつけたのだそうです。
「変わらないこと」よりも、「変わっていけること」を信じる。
その自然を感じることをを名前にしてしまうおふたりの生き方に、もうこの時点で少し胸が熱くなりますよね。
自分たちで育て、自分たちで料理し、自分たちの手で届ける
■ 自分たちで育て、自分たちで料理し、自分たちの手で届ける
自分たちで育て、自分たちで料理し、自分たちの手で届ける
おふたりの農園とカフェをひと言で表すなら?
そう尋ねると、たくさんは少し考えて、こんなふうに話してくれました。
「自分たちで作った作物を、自分たちで料理して、
最後にお客さんのところまで届ける「はじまりの場所」だと思っています。」
この言葉が、とても印象的でした。
多くの飲食店では、「食材」はすでに完成された「材料」として届きます。
でも、ここでは種をまくところから、料理してお皿にのるまで、すべてがひと続きの物語なんですね。
・畑で芽吹いた小さな双葉
・虫と雨と風に鍛えられながら育つ野菜たち
・朝どりの野菜を軽トラに積み込む時間
・カフェのキッチンで、香りと彩りをまとった「お菓子」や「ランチ」になる瞬間
「食べる」という行為が、畑から食卓までの長い旅のゴールであることを、ふたりは静かに、でも力強く伝えてくれました。
たくさんとひかるさん、違う才能がぴたりとハマった、最強のタッグ
■ たくさんとひかるさん、違う才能がぴたりとハマった、最強のタッグ
たくさんとひかるさん、違う才能がぴたりとハマった、最強のタッグ
お互いをどう見ているのか、という質問に、
ふたりはまるで照れくさいラブレターを読み上げるみたいに、相手のことを語ってくれました。
ひかるさんから見た、たくさん。
・興味があることにまっすぐ。
・料理も畑も、頭で考えるより「感覚」でつくりあげていく。
・そのセンスがすごくて、自分にはない部分だからこそ尊敬している。
たくさんから見た、ひかるさん。
・人への思いやりが深い。
・マルシェやお店で出会った人の顔や話をよく覚えている。
・気遣いが細やかで、自分が苦手なコミュニケーションを支えてくれている。
たくさんは「目の前のものづくり」に集中するタイプ。
ひかるさんは、それを言葉やコミュニケーションで外の世界につなげていくタイプ。
「ゼロから自由に創る人」と「その価値を世界に伝える人」。
役割は違っても、向いている未来は同じ方向を向いている。 そんなふたりのバランスが、うつろひファームの空気そのものでした。
「農業もレストランも」ふたりが出会う前から、すでにあった共通の夢
■ 「農業もレストランも」ふたりが出会う前から、すでにあった共通の夢
「農業もレストランも」ふたりが出会う前から、すでにあった共通の夢
「農業をやりたいと思ったのは、どっちが先だったんですか?」
そんな質問に、少し意外な答えが返ってきます。
「お互い、それぞれが思ってた感じです」
たくさんはもともと、農業も料理も好きで、「農園レストラン」のような形を思い描いていた。
一方ひかるさんは、大学時代に栄養学を学び、栄養士を目指していました。
献立を考えるうちに、「この食材はどこから来ているんだろう?」と疑問を持ち、農家さんの手伝いに行くようになります。
そこで感じたのは、「農ってこんなにすごい仕事なんだ」という驚きと尊敬でした。
野菜を育てながら料理をする。そんな暮らしをいつか自分もしてみたいと思っていたときに、農業も料理もできる、たくに出会ったんですね。
出会った当初から、ふたりは「5年計画」を紙に描いていたと言います。
・畑があって
・レストラン(カフェ)があって
・その近くに自分たちの家がある
暮らしと自然が隣り合う場所で生きていきたい。そのゴールは、出会った頃からずっと変わっていないのだそうです。
やりたいことを紙に描き、今できる一歩を積み重ねる。
夢はある日突然叶うのではなく、「何度も書き直された5年計画」の先に、そっと形になっていく。
おふたりの話を聞きながら、そんな当たり前でいて難しい真実を教えられました。
無農薬で野菜を育てるという選択
■ 無農薬で野菜を育てるという選択
無農薬で野菜を育てるという選択
うつろひファームの野菜は、基本的に「農薬を使わない」スタイル。その理由を尋ねると、とてもシンプルな答えが返ってきました。
「自分たちが使う前提だから、大量生産してどんどん出荷するため、というよりは、自分たちで作ったものを、自分たちで使って、お客さんに届けたいんです」
だからこそ、「必要以上に農薬を使う」という発想がそもそもない。丸ごと安心して食べられる野菜を届けたい、環境にできるだけ負荷をかけたくない。その思いが根っこにあります。
もちろん、苦労がゼロなわけではありません。葉物が虫に食べられてしまうこともあれば、落花生がタヌキにかじられてしまうこともある。
でも、種をまくタイミングや品種、栽培の工夫を重ねながら、「なんとかここまでやれている」と、たくさんは少し笑いながら話します。
「無農薬だから大変」ではなく、「このやり方が自分たちにとって自然だから続けている」。そんな静かな覚悟が、畑の空気からも伝わってきました。
自分たちで栽培するからこそできる「お菓子づくり」
■ 自分たちで栽培するからこそできる「お菓子づくり」
自分たちで栽培するからこそできる「お菓子づくり」
ここからが、この夫婦ならではの面白いところ。自分たちが育てた野菜は、そのままカフェのランチになり、さらに「お菓子」の材料にもなります。
自家栽培だからこその強みを、ひかるさんはこう語ります。
「自分たちで野菜の味を確かめながら、お菓子を作れるんです。買った野菜だと、味のブレに合わせてレシピを変えなきゃいけないことも多いんですけど、
ここでは、自分たちが『お菓子にしたい味』の野菜を選んで育てられるんですよね」
たとえば、
・ほんのり甘みの強いにんじん
・香りに特徴のあるハーブ
・アクセントになる食用花
それらを知り尽くしたふたりが、ケーキや焼き菓子に仕立てていく。
季節が変われば畑の表情が変わり、お菓子のラインナップも変わっていく。
「レシピに合わせて野菜を探す」のではなく、「野菜の個性からレシピが生まれていく」。ここには、畑とキッチンがつながっているからこその贅沢があります。
メニューも一ヶ月の間に何度か変わることがあるそうで、「今日この野菜がいちばんおいしい!」と思ったら、その日のうちにメニューに反映されることもあるのだとか。
「旬の一瞬を逃さず届けたい」そんな想いが、カフェの一皿一皿に詰まっています。
畑があるからこそ生まれる、驚きと発見のテーブル
■ 畑があるからこそ生まれる、驚きと発見のテーブル
畑があるからこそ生まれる、驚きと発見のテーブル
カフェに来るお客さんの反応も、なかなか面白いそうです。
・「こんな野菜、初めて見た!」
・「これ、本当に食べられるんですか?」
・「この香り、なんですか?ハーブ?」
珍しい野菜やハーブ、食用花を使った料理に、驚きとワクワクを浮かべるお客さんの顔。
そのたびに、ひかるさんが
「これはね、畑のあそこに植えている〇〇で…」と、まるで我が子を紹介するみたいに、丁寧に説明していきます。
「知らないものと出会う食卓」は、それだけで小さな旅になります。
ここでは、ただお腹を満たすのではなく、「食の価値観がちょっとだけ変わる」ような体験が用意されています。
畑とカフェとマルシェと、そして旅
■ 畑とカフェとマルシェと、そして旅
畑とカフェとマルシェと、そして旅
驚いたのは、ふたりの活動拠点が「農園とカフェ」だけにとどまらないこと。
・近くの道の駅への出荷
・各地のマルシェへの出店
・ときには、東名古屋や京都まで遠征することも
マルシェは、ふたりにとって仕事であり、同時に小さな旅でもあります。
「行ってみたいお店の料理を食べに行く」
「新しい土地の空気を吸いに行く」
そんな楽しみもセットになっているからこそ、忙しい日々のなかでの、ささやかな“オフ”になっているのだとか。
好きなことで忙しい人ほど、その忙しさの中にちゃんと「ごほうび」を混ぜ込むのが上手なのかもしれませんね。
「家と畑とお店が、同じ敷地にある暮らし」をいつか
■ 「家と畑とお店が、同じ敷地にある暮らし」をいつか
「家と畑とお店が、同じ敷地にある暮らし」をいつか
今の暮らしは十分に充実しているように見えますが、それでもふたりには「まだ途中」という感覚があります。
たくさんの描く理想は、「畑があって、その場所に自分たちが暮らしていて、そこにレストランがある」という形だそうです。
今は、畑・家・お店がそれぞれ少し離れています。でもいつか、それらが一つの敷地の中にギュッとまとまった場所をつくりたい。それが、ふたりがこれから叶えたい夢のひとつです。
さらに、カフェの建物をシェアしている仲間たちと一緒に、「教育」の要素も取り入れた場所づくりを構想中だと教えてくれました。
・子どもたちが畑で野菜に触れ、料理を体験できる場
・大人も「食」と「いのち」について学び直せる場
「食育」という言葉だけでは足りない、もっと自由で、もっと楽しい“学びの場”を、うつろひファームから生み出そうとしているのです。
企画書は、まだ描き途中。でも、「こんな場所ができたらいいよね」と語るふたりの目は、すでに未来の風景を見ているようでした。
とにかく、行ってみたい場所に身を置いてみてほしい
■ とにかく、行ってみたい場所に身を置いてみてほしい
とにかく、行ってみたい場所に身を置いてみてほしい
最後に、これから新規就農を考えている人や、今の暮らしを変えたいと思っている人に向けて、メッセージをお願いしました。
たくさんは、こんなふうに語ります。
「自分も研修は受けましたけど、新規就農してから初めて作った野菜もたくさんあります。
失敗しながら、だんだんやり方が分かってくる。
とにかく、まず一回やってみることから始めてほしいなと思います」
ひかるさんの言葉も、とても印象的でした。
「やる前って、考えれば考えるほど、何も動けなくなっちゃったりすると思うんです。
でも、一回その場所に行ってみたり、身を置いてみることでしか気づけないこともある。
私たちも、気がついたら『目の前のことを一生懸命やっていたら、いつの間にかやりたいことに近づいていた』タイプなので…
行ってみたい場所や、やってみたいことがあるなら、考えすぎずに、まずそこに身を置いてみてほしいなと思います。
「完璧な準備より、まず一歩。」それはきっと、農業に限らず、私たちが新しい一歩を踏み出すときの、普遍的なヒントなのだと思います。
うつろひ季節と、変わり続ける“ふたりの形”
■ うつろひ季節と、変わり続ける“ふたりの形”
うつろひ季節と、変わり続ける“ふたりの形”
取材を終えて畑を後にするとき、夕方の風が少し冷たくなっていることに気づきました。
さっきまで「秋の終わり」だった空気が、すこしだけ「冬の入り口」の匂いをまとい始めている。
まさに「うつろい」の真っ只中。
うつろいファームのふたりの暮らしもまた、きっと明日には今日とは少し違う色を帯びているのでしょう。
・新しい野菜の種をまき
・軽トラに野菜を積み
・カフェで笑うお客さんと出会い
・マルシェや教育の場づくりという新しい夢を語る
「形を決めすぎないで生きていく」それは、とても勇気がいる選択だけれど、季節のうつろひを愛おしむように、自分たちの変化も丸ごと抱きしめて進んでいくおふたりの背中は、まぎれもなく、今を生きる私たちへの優しいエールに見えました。
いつか、家と畑とお店と、子どもも大人も学べる場所が、ひとつの「うつろひ世界」として完成したとき、またこの場所を訪ねたい。そう心に決めながら、私は畑をあとにしました。
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