岩国にある美しい5連アーチの有名な橋「錦帯橋」は、未来への架橋だった!?

岩国にある美しい5連アーチの有名な橋「錦帯橋」は、未来への架橋だった!?

四季折々に訪れたい錦帯橋で口遊む歌は、未来への架橋!
「きみの心へ続く架け橋へと~♪」
えっと、栄光の架橋ですね。m__m


錦帯橋

錦帯橋

錦帯橋

春は桜、夏に花火、秋の紅葉に冬の雪化粧!
錦帯橋は、いつ訪れても心に残るシーンを演出してくれます。
日本三名橋や日本三大奇橋に数えられ、名勝に指定されていることが容易に理解できますね。

5連アーチ形の木橋は、高度な独特の架橋技術によって造られていて、美しいアーチ形状は、木だけでなく、鉄(鋼)の有効活用がなされて初めて実現したものです。
錦帯橋は、中国の杭州西湖にある堤に架かる連なった橋からヒントを得て創建されたそうで、西湖の錦帯橋とは2004年に姉妹橋となっています。

錦帯橋から望む丘には、岩国城が聳え立ちます。

岩国城

岩国城

岩国城

1600年、天下分け目の関が原の戦いに敗れた毛利輝元は、領地を大幅に削減され、広島城から萩城に移封となり、一族の「吉川広家」が米子城から岩国城へと3万石で封じられました。

吉川広家は、負けた西軍に与する毛利一族ではありましたが、当初から勝者は東軍の徳川方になるだろうと考え、関が原の戦いの前夜、毛利輝元の重臣と共に徳川方と「戦では毛利軍は中立を守り動かない。」と密約を結び、所領安堵の約束をしていたにも関わらず・・・

錦帯橋は、錦川(にしきがわ)にかかる橋で、山口県で一番大きな川です。
錦川は、錦帯橋付近では幅が200メートルもあり、この川に架けられた橋は過去に何度も氾濫により流されてしまったという経緯があります。

岩国城と城下町をつなぐ錦帯橋から眺める錦川は、今日は、静かな落ち着きがありました。

吉香公園

吉香公園

吉香公園

そして、橋を渡った先にある吉香公園(きっこうこうえん)に向かうと、ロープウェイで山頂に登り、徒歩5分で岩国城まで行くことができました。
最初、岩国城に行きたいけど遠い!?と思って心配でしたが、本当によかったです。
しかし、気をつけたいのは、ロープウェイの本数が少ないことですね。だいぶ待たされてしまいました。
もちろん、ロープウェイからは錦帯橋が見下ろせます。

さて、冒頭に未来への架け橋ということを書きましたが、錦帯橋橋板の止水実験をする木造橋が吉香公園にあるんです。未来へ向けた錦帯橋の架け替え技術をより高度に伝承するためです。
そのための試験用の橋なので、ぜひ、みなさん止水実験橋を渡って未来に向けた実証にご参加ください。

郷土料理

郷土料理

郷土料理

やはり最後は、美味しいものですね。

岩国寿司

山口県岩国市周辺で作られる押し寿司の一種で、岩国城内で食べられていたこともあり「殿様寿司」とも言われてます。

岩国レンコン

レンコンの穴はずっと続いているので「先が見える」「見通しがよい」といって、縁起をかついで正月料理や祝宴の席でよく使われます。
特に、岩国レンコンは、色は白く肉厚で、歯ざわりはシャキシャキとして柔らかいのが特徴で名産品です。

みなさんのイチオシれんこん料理は何ですか?


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