悲劇の義経、第二の故郷、奥州平泉を訪ねて歴史と世界遺産を感じてみた。

悲劇の義経、第二の故郷、奥州平泉を訪ねて歴史と世界遺産を感じてみた。

今でも大人気の源義経! 悲劇の若武者である義経が、時空を超えて愛され続けている理由を、最後の地”平泉”で感じられる旅でした。


源義経

ここ、平泉は、義経が青春時代を過ごし、後に兄の頼朝に追われ辿り着いた地です。
その短い生涯と悲劇は、日本の歴史上類を見ない伝説となっています。

ちょうど「鹿踊り」を見学できた。
実は関係ないのに、義経を彷彿させる獅子舞に思えてなりません。

「一の谷の戦い」で見せた、崖を駆け降りる奇襲攻撃や騎馬技術!
「屋島の戦い」で、海上を飛び跳ねるように別の船に乗り移る「八艘飛び」!
飛び抜けた戦術で、多くの合戦伝説を残したことも、義経人気の秘密なのでしょう。

京都洛北にある鞍馬寺は、牛若丸 源義経が修行をした場所と言われています。

「僧正が谷にて、天狗と夜々兵法を習ふと云々。されば早足・飛越、人間の 業 わざ とは思えず。」
平治物語より

小さい頃、身のこなしや武術を天狗(と言われた誰か)に習ったと言われてますが、本当のところはよくわかりません。

そんな義経は、平氏を滅ぼしたにもかかわらず、兄、頼朝に追われ奥州平泉に命辛々戻ってきました。

中尊寺は標高130メートルほどの東西に長い丘陵に位置し、月見坂と呼ばれる坂の入り口から参道を登ります。
両脇には樹齢300年にもなる杉が立ちはだかり、その途中、右手に奥州藤原氏に縁の深い束稲山・北上川・衣川を眺望できます。

父親のように慕っていた秀衡が亡くなって祀られた金色堂へ続くこの道を、義経も毎日のように通ったことでしょう。


月見坂を上り、金色堂へと向かう途中には弁慶堂があります。
ここには、実物大の弁慶と義経の木像があります。
弁慶は、186cm
義経は、150cm
こうして比べると、こんなに差があったなんて!? びっくりですね。

それから、ご存知でししょうか?
右側には、弁慶が自分で彫ったと伝えられる自彫木像があります。
機会があれば、弁慶堂に近づいて確認してください。
ちょっぴりかわいい感じです。



弁慶堂


ところで、話を戻して恐縮ですが、中尊寺の入り口に武蔵坊弁慶のお墓があります。
お墓には、弁慶に似た大きな松が植えられていました。

「松に古今の色なし」
一年中葉の色がかわらない松は、永遠に変わらない忠誠心を示しているとのことです。

「色かえぬ 松のあるじや 武蔵坊」
あるじ義経に対する気持ちがずっとずっと変わらず、自分の死後もずっとずっと守っているんです。

中尊寺には鐘を突かない青梵鐘があります。

「中尊寺 青葉に曇る夕暮れの そわふるわして青き鐘鳴る」
宮沢賢治

青き鐘は平和と非戦を願う鐘で、現在は突くことがなくなったそうです。
ただし、先の9.11同時多発テロや、東日本大震災など、大きな悲しみに沈みそうな時、犠牲者の冥福を祈り、その年の大晦日に突かれているそうです。

この鐘の音によって義経も弁慶も浄土へ導かれていたのでしょう。
清衡から続く藤原3代の平和への想いが、未来永劫続くことを祈ります。


中尊寺には不滅の法灯があります。
最澄が開いた天台宗で比叡山延暦寺の時代から1200年途絶えずに灯されているとのことです。
昭和33年に中尊寺にもわけられ、こちらでも途絶えることなく灯されています。

「絶やさないために油を絶ってはいけない」ということで「油断大敵」の語源になっているそうです!?

義経の最後は、四代泰衡に攻められての自害でした。
父と慕った三代秀衡から四代泰衡に、義経と平泉を守りなさいと遺言を残されていたにもかかわらず、秀衡死後に、頼朝からの義経を攻めないと平泉を攻めるとの脅しに屈したのでした。
義経自害の4ヶ月後、結局、頼朝が泰衡を攻めて平泉を落とし、ここに奥州藤原氏の栄華は幕切れとなったのです。

実は、金色堂は、藤原氏代々の墓で、清衡、基衡、秀衡、泰衡の首が祀られてます。
父と慕っていた秀衡の墓があったから義経も中尊寺を愛することになりました。

最近になり、800年を経て学術調査が行われ棺が開けられました。
なんと遺体が腐敗していなかったそうです。その奇跡の理由は、未だわかっていません。

そして、昭和25年の学術調査にて、泰衡の首桶から奇跡の種「ハスの種が100粒」出てきました。
そのハスは、なんと1998年に中尊寺大池跡で開花したのです。

藤原氏の平和への願いがハスとなり甦ったのでしょうかね?
中尊寺ハスと言われ、夏には誰でも見れるらしいので、こちらも機会があれば、ぜひ!


さて、自害の地「高館義経堂」では、「弁慶の仁王立ち」伝説があります。
泰衡に攻められ覚悟を決めた時、義経は、自らが信じる法華経の最終巻を唱えていました。
この義経の成仏の願いを成し遂げるため、時間をかせぐ目的の行動が弁慶の仁王立ちと言われています。
「色かえぬ 松のあるじや 武蔵坊」 ・・・ ( ;∀;)

この高館義経堂の階段の下から望める絶景ポイントがあります。
その横に「夏草や 兵どもが 夢の跡」と松尾芭蕉の句があります。

今は、ただ夏草だけが生い茂るばかりだが、かつて義経や藤原一族が功名・栄華を夢見たところである。知るや知らずやこの夏草を眺めていると、すべてが一炊の夢と消えた哀れさに心が誘われる。

見下ろす風景で、時空を超えた感傷に浸れました。

心も体も現れた気分となり、さぁ、湯にでもつかろうかと思いきや、おなかがすいてきた。
( ´艸`)
てなことで・・・

八斗汁

八斗(はっと)汁は、小麦粉を使いコシが強くモチモチの食感で、しいたけ、にぼし、昆布のだしに野菜を加え煮込んだ郷土食です。
あー、美味しい。

前沢牛

「前沢牛ステーキ」は、とろける舌触りが絶品です。
あー、よしつねぇ~。平和の礎をありがとう。

この記事のライター

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